神奈川無差別殺傷事件

犯人の背景にあるものは?

神奈川殺傷事件の動機は?犯人像を読む。

この事件の犯人のはっきりした動機はさなかでない
すでに息絶えている犯人に聞くわけにはいかない。

潔く自分の首を柳葉包丁で突き刺して自害したのだから、覚悟の上か、もしくは咄嗟にその判断をしたのかは定かではない。


多くのコメンテーターがこの事件について述べているが、どれを見ても確定ではなく、頷ける理由でありながら、まだ他にも要素がありはあしないかと私等は疑っている。


まず何故あの子供たちの塊に照準を合したのかは、家宅捜査で見つけた大量殺傷事件の雑誌である。

少なくとも犯人は多くの犠牲者を出して大問題のすべく考えであったことはよくわかる。


では何故その様にしたかったかであるが、

出来るだけ多くの犠牲者を出すことで、これ迄に味わった屈辱の全てを帳消しに出来ると考えたのかもしれない。


そうすることで自分を捨てた両親にも、また自分が育ってきた環境にも、つまりそれは犯人がこれまで生きてきた中で、辛かった事に対する関係者に対する復讐を考えたのかも知れない。

どれだけ辛い思いをさせられたか、どれだけ息苦しかったのか、

取り巻く環境に弄ばれた事に対する復讐だったのかもしれない。
それが受けた恩より増したとも考えられる。


生き残った全ての者が、この現実を背負いながら生き続けなければならない窮屈な人世
それを狙ったとしても不思議ではない。


しかし子供たちが多く並んでいるその中に柳葉包丁を引っ提げて体当たりして無差別に切り付けていく。

この動作はもっと他にも理由があることが考えられ、単純に言えば拡大自殺で在ったのかも知れない。



ただ私も実は沢山小説を書いてきて、同じような内容の物も書いたことがある。



それは小春日和の好天気

ある小学校の運動会

生徒会長が朝礼台に上がって、体操を始める号令をかけた時、他の子どもたちはみんなグランドで整列している状態で在った。


その時、一人の男が銃をかざして朝礼台に登り、生徒会長を突き飛ばして、銃を振り上げ何発かを天に向けて発射したのである。


子供たちは悲鳴を上げその場に座り込み、先生方はおののくばかりで尻込みして様子をうかがっっていたが、

犯人はその銃口を先生方の方に向けて
「おい、みんな、全員頭に手をやり、一列になって教室に向かって歩け!」
と激しい口調で言ったので、校長は犯人を睨み付け
「あんたは正気か?何をしているのかわかっているのか?」
と声を荒げて口にした。


その時銃口は校長の足元に向かっていて、即座に引き金が引かれたのである。

そしてその後学校がやがて大惨事になり、前日から青いテントを張って場所取りをしている家族や
禁止されてたアルコールをこっそり飲んでいる家族など、
日ごろから校則を守っていなかった家族などを中心に、犯人は乱射して多大な犠牲者を出したのである。


この学校はこの事件をきっかけに閉鎖され、今では季節にちなんだ花が植えられていて、その隅に
慰霊塔が立てられている公園に姿を変えた残虐な話である。


 この中で犯人の言う処の動機には、世の中に対する不満や見て見ぬ振りをする公務員の姿や現実が多く含まれていて、


 誰でも何度も持ち合わせた腹立たしい感情や憤りを犯人なりに訴えている。



 ではどうして私がこんな残虐で冷酷な事件を題材に小説を書いたかである。

そこに神奈川殺傷事件の犯人の心の内が見えて来ないかと考えたのである。


あの事件、一口に言えばやけくそな発想である。短絡的で何ら先など無い真っ暗な犯行である。


死ぬまでを決意していたとするなら、それは究極で在り、どどのつまりでもあるから、誰にも止められない決死の犯行と言える。


そこまで犯人を決意させたものは一体?

育てられた環境が悪かったから腹いせに・・・
ただ決してそうでは無かったと思うのは、やはり金づるで在ったことは間違いないのだから、どんな環境下で在ったとしてもそこは大事に考えていたように思う。


ただ全ての関わった者に対してとなると、全く別問題であるが、少なくとも金づるの胴元で在ったことには間違いなく、やはり後者の動機である可能性が高いようだ。



他人を無差別に傷つけるってことは誰でも出来ることではない。

私が兇悪な犯罪小説を書き始めた基盤になったのは、やはり毎日溜り続けていた憂さからであった。


どんよりと重たい心の内、抜け出せない苦しさ、もがきながら耐え続けている歯がゆさ。


おそらくあの頃の私は、八方塞がりな人世を思い、もがき苦しんでいたように思う。

だからいくら小説を書くことが好きであったとしても、あの頃は卑屈な発想だけが頭を張り巡らしていたように思う。

 私が名の知れた小説家なら、そこは自殺と言うありきたりの道を選んでいただろうが、それさえも一円の得にも成らない現実にも、人生の行き詰まりを意識しながらしぶしぶ生きていたのかも知れない。


犯罪を犯すことは常識人には考えられない事であるが、常識人で無くなった時に人は豹変するのである。

私など病気がちで人の情けの元に生きている様な所もあるが、心で思っていることは全く別で、時として人を殺めることも考えたこともしばしあった。


これまで何度も書いて来た小説のその隅に、

この物語はフィクションであり登場する人物などはすべて架空です。と書くべきを、

この小説は一部を除いてフィクションであります。 と書きたいのである。

そしてその一部とは人を殺めて事実を赤裸々に描いている部分であるとするなら、どれだけその小説に箔が付くか計り知れないと思うわけである。


人と言う生き物は時には仲間を殺めることを快感として正当化する動物でもあるようで、

私が書き綴った小説にはくどいくらいの残虐な病死も至る所にあり、
校庭でうずくまる子供たちに向かって銃を乱射するシーンなどは日ごろの私絵は思いついたとしても決して活字を並べたりはしないはずが、

しっかりしかも激しく書いている。
グランドに血の塊が至る所にあり、啼け叫ぶ子がいて、袖に息絶えようとしている子供がいて、苦しみながら両親に手を伸ばす子供がいて、

どうして私はそのような情景を浮かべながら小説を書くのかが、今なら理解できないのである。

ばかげていて、ナンセンスで、ありえないという気持ちがほとんどだから、少なくとも小説にはしないのであるが、あの当時はそんな表現は当たり前で在り、またそのような方角に考え方が目指していたのかもしれない。


崖から平気で人を突き落とすシーンなども有名な作家の小説でもあるように、私とて同じ思いに駆られたこともあったようで、常に幻想の中で生きていることを望む者にとって、ごく当たり前のことかもしれない。


神奈川殺傷事件の犯人は、
私が小説でなしえたことをあの男は年甲斐もなく、まるで幼子がごねるかの如く、やんちゃをしたということだろう。

「どうでもいいや、むちゃくちゃにしてやろう。みんな困ればいいんだ。
子供も大人も、今まで関わってきた奴らも。俺を邪魔者扱いするなら、それでもいいや、何もかもぶっ壊してやる。畜生!今に見ているよ!」


私は自分が書いてきたあの猟奇殺人事件のことを思い出しながら。犯人像を頭に浮かべて、犯人が言いたいことを書いてみた。

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ここで私はついでに書きたいことが生じた。
これは余計なことである
だが余計なことほど人は興味を示す
人が興味を示すことほど実は価値があると私は品がないが思ったりする。

これから書くことは品がなく、どれだけの意味があるかなどわからないが、
こうして書きながらも昨日同様太宰治の朗読を聞きながら書くのであるから、趣旨から外れはしないかと思ったりもする。

聞く方で心が動くなら、私が書くことに価値など無いかも知れないが書きたい。
書かねばとも思う。



昨日東京大学法学部卒業の元キャリアの男が実子を殺した。
おそらく私の知る所では前代未聞の出来事と言っても良いだろう。

東京大学の卒業生が殺人を起こしたのであるから、 これは言うに言えない現実と言う事になる。


貧乏人の私のようなものには実に滑稽な話と受け止めている。
ありえない話と思いながら、それでも最近は東京大学を出た者に問題児が多いこともわかってきた。

やはり単純にどこの大学を出たとしても一人の人間に違いないのか?

その程度の取り方で良いようにも思えた来た。



太宰治の小説を聞きながら、所詮自殺するような男だから心底から尊敬などしたくはないと才能もない私が心の中で叫んでいる。

東大法学部を出た人物となると頭には恐ろしいばかりの知識とかが詰まっているであろう
最近その頭を武器にクイズ番組などの出てどや顔をしてる学生が居てる
それがドヤ顔でなくとも頭の悪い奴にはそのように見える。


だが私は一筋縄ではないから、
「あなた方はクイズ番組によく出ていますが、あなた方にクイズを出しますからお答えください。」

こんな前置きをしてから、
「あなた方は国立大学ですね?じゃぁ いくらあなた一人に税金がつぎ込まれているか、4年間としてお答えください。」
 そんな質問を出してみたくなる。

そして知らなかったなら、
実はご存知だと思いますが、大学など経済的にも知能的にも無理な方が、いえ大学なんてもってのほか
高校ですら行くことが出来ない人も沢山いて、その人たちの税金もあなた方の学費他に利用されていることをご存知でしょうか?


夜の世界で嫌な思いをしながら働いている職業の方からも徴収している、税金も含まれていることをお分かりですね?

では一体いくらあなた方の学費などに税金が組み入れられているのかお答えください。


こんな皮肉な質問をしてみたいものだ。

だから今、東京大学法学部卒の元キャリアの男が殺人を起こしたことは、私にとって計り知れない出来事で、地球がひっくり返るほどの出来事と認識するわけである。

気持はわかる。
でもその底辺に、自分自身のプライドなどがあったのではないだろうか?
邪魔をしていたのではないだろうか?
親として最善の考えであっただろうか?
親父だけが抱いている独特の人生観をごり押ししていたのではないだろうか?

おそらく99%は息子が悪いかもしれない

しかし親が自分の立場を守りすぎると、必ずそこに軋轢が生まれ、思いもしなかった結果を招くことになるのだろう。

私にはこの事件のことなどわからない
ド素人が何をほざくのかと言われそうである。

まるでそのように一笑され放り捨てるようにされるだろうが、東京大学法学部卒業と言う肩書と共に
人殺しと言う肩書もセットになる。

これは貧乏人で大学など考えられなかったバカの僻みに過ぎないが、光クラブと同じくらいの噂になる話と私などは解釈する。